「頭がビリビリして気が変になりそうなんです。」
定年を間近に控えたダンディーなスーツ姿の彼は、本当に参っている様子でした。
「頭のことなんで、脳外科に行ってMRI検査を受けたが、別に異常は無いと言われ
薬をもらいました。飲むと少しいいようだけど、また痛くなってくるんです。」
「髪の毛をとかす時に触っても、ビリビリするような感じで電気が走るみたいで、
触るのも嫌な感じがする。」
どれどれ・・・
ヘルペスが出ているようでもないし、
触診してみると、頸や肩がとてつもなく凝っています。
「頭の内部というより、表面の神経痛みたいな症状ですね。
頸や肩の凝りが取れたら、きっとよくなりますよ。」
鍼灸治療に来られる患者さんにはよくある、まったく珍しくない症状なのですが、
場所が頭だし、初めての経験となると、やはり不安になる方が多いようです。
「女房に、バチがあたったんじゃと言われたんじゃが、バチじゃのうてよかった。」
3回ほど治療すると、ビリビリ感が無くなってきて、気持ちが楽になったのか、
彼は次第に、岡山弁でプライベートな話をするようになりました。
「色々と女房には泣かすようなことばっかりしてきてなあ〜
定年になったら、どこか温泉旅行にでも連れて行ってやろうと思うとった矢先に、
女房がガンになっとることが解って・・・そのストレスじゃったんでしょうなあ・・・」
すっかり、頭のビリビリが消えて、元気をとりもどした彼が、
その後、定年を待たずにあちこちの温泉に妻を連れて行ったのは言うまでも
ありません。
それから、しばらく姿を見せなかった彼が久しぶりに来院した時、
すでに妻は帰らぬ人になっていました。
「先生、あの時あちこち連れて行ってやってよかった。それでも悔いが残るけど、
なんにもせなんだよりは少しは気がおさまるから。
女房の持ち物を整理しよったら、こんなものが出てきて、思わず泣けた・・・」
「見せていただいていいの?」
「見てやってください。女房には、先生の話も、ようしたから、先生に見てもろうたら
喜ぶ思います。」
川柳が趣味だったという妻からの手紙の最後に、こう書いてありました。
「夫婦仲 終わりよければ すべてよし」
(’13.8)
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