第22話 「終活」のひとつに自立の準備を
              〜 膀胱炎 〜
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長年連れ添って、相手が空気の様な存在になっている夫や妻は、
互いがずっと元気で、昨日から今日、今日から明日へと、
日々を共に送り続けることが、いつのまにか当たり前と思っていますね。
こんな毎日が、永遠に続くわけは無いのに、いつか別れの時が来るのに、
それを忘れて、もしくは、その事実から目を背けて、
買い物や旅行に行ったり、時に喧嘩をしてみたり・・・
でも、やはり、いつか別れの時が確実にやってきます。

彼は、3年前の元旦に突然、妻を亡くしました。
前日の大みそかには、紅白を一緒に見ながら年越しそばを食べ、
「最近の若い多人数のグループはわけが解らん。」などと言いながら、
毎年のとおりに過ごしたと言います。
そして、元旦には、スープの冷めない距離に居る息子夫婦と孫たちと、
お雑煮を祝った後、一緒に初詣に行く約束だったので、
彼は、まだごそごそと用事をしている妻を残し、床につきました。
これも、毎年の事でした。

しかし、元旦の朝、毎年とは違った現実が彼を待っていました。
眼が覚めて時計を見ると、もう7時でした。
いつもなら妻が起こしに来る時刻です。
彼のいびきがかなわないからと、もう何年も前から寝室を別にしていたので、
妻の動向は解りません。
早速、キッチンに降りてきましたが、妻の姿はありません。
座敷に行ってみると、卓上には、妻が丹精込めて作ったおせち料理の詰まった、
お重箱がきちんと置かれ、床の間には、孫たちの名前を書いたお年玉のポチ袋が、ちゃんと用意されていましたが、ここも、静まり返っています。

「まさか、まだ寝とんか?珍しいこともあるなあ。」と、寝室を開けてみました。
やはり妻は、まだ布団の中にいました。
「おい!起きろや!なんでまだ寝とんなら?」
妻の顔を見た時、初めて異変に気付いた彼は、
それからの事はよく覚えていないと言います。
そうでなくても気が動転している上、警察が来たり親戚が駆け付けたり、
お正月とは言えない大変な状態だったことは、想像に難くありません。

それからの彼の生活は一変しました。
何もかも、妻任せにして、洗濯機の使い方も洗濯ものの干し方も知らないという、
昔ながらの亭主関白です。
近くに居る息子のお嫁さんが、まさに冷めない状態で食事を運んでくれますが、
それ以上の世話はかけられません。
「洗濯機のスイッチを押しゃあ、勝手にしてくれるのに、やっぱり面倒くそうて、
少々、かまやへん、と下着を洗わずに同じ物を何日もはいとったんです。」
妻が亡くなった年の梅雨の頃、血尿が出て彼は慌てて病院に行きました。
膀胱炎です。

膀胱炎と言うと、女性に多いイメージですが、稀ではありますが、
男性にもあります。
むしろ、男性の方が、感染が前立腺に広がると慢性化しやすく、
急性前立腺炎と合併すると、女性よりもやっかいになります。
幸い、薬により次第に良くはなりましたが、
その年の冬、再発し、翌年の冬にもまたなってしまいました。
女性も同じですが、一般的な膀胱炎の主な原因は、大腸菌の感染ですが、
その背景には、疲れやストレスによる抵抗力の低下と冷えがあり、
それが解消されなければ、何度も再発してしまいます。
彼は、男性ですが、夏でも足が冷えるという冷え性がありました。

彼は、去年の秋、腰痛の治療で来院しましたが、
それまでに計3回膀胱炎を発症したというので、
せっかく鍼灸治療を受けるのだから、毎年冬になると再発した膀胱炎に、
今年はならないようにしようね、と、予防の治療も行いました。
腰痛治療そのものが、骨盤内の臓器の血行改善につながりますし、
足と下腹部を温める温灸を加えることで、抵抗力が高まります。

昨年末、妻の三回忌を無事に終え、この冬は今のところ、膀胱炎も再発せず、
彼は随分、元気になってきました。
「女房とは、10歳近く年が離れとったから、当然自分の方が先に逝くと思うて、
家のことなんか何もしとらんかったのがいけなんだ。
やっぱり、男も一通りのことができるようにしとかんといけませんな。」

最近、しきりに「終活」という言葉を、聞くようになりましたが、
子供が巣立って第二の人生が始まったら、二人で余生を謳歌しながらも、
いずれどちらかが独りになる現実を見据えて、お互いが自立できるように、
準備を始める必要があるのかもしれませんね。

                                        (’15.2)


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