第14話  日本は負けたけど僕は勝ちました!
            
〜円形脱毛症〜
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5月も半ば過ぎたある日、肩こりがひどく、時々頭痛もするし
腰もいつも重だるいと、大学生の男性が来院しました。
なるほど、肩も鋼鉄のように凝っているし、背骨を両方から支えている
脊柱起立筋という筋肉が左右とも筋張っています。
これでは、頭痛もするし、腰も重だるくて当然です。
「なんか、あちこちの筋肉がものすごく緊張してるんだけど、
精神的にハンパなく緊張してない?」
と、尋ねると、「めっちゃ毎日緊張してます。緊張と落ち込みとの連続で、
死にそうっす。」   「そりゃあ、大変じゃねぇ〜」
私の返事にスイッチが入ったかのように、受療しながら彼はとつとつと
話し始めました。

彼は大学4年生で、ただいま就活の真っ只中。
当初から数えると、もうすでに60社以上エントリーして、
まだひとつも内定が出ない。
エントリーシートの段階であっさり終わることも多いし、
エントリーシートの関門、ウェブテストの関門、面接の関門、とくぐりぬけて、
やっと最終面接までこぎ着けて、希望の光が見えてきたと思ったら、
「お祈りされて・・・」
企業からのお断りの常套文句が、「今後のご健闘をお祈り致します。」
だから、「お祈りされた。」は、就活生にとっては、
引導を渡されたという意味だとか。
友人の中には、連休前に内定をもらったり、2社からもらってどちらにしようか
迷っている人もいて、焦りは募るばかり。
東京へ行ったり大阪へ行ったりの交通費も相当なものだし、
卒論の準備もバイトもある。
四国からこの岡山の大学に進学させてくれた親に申し訳なくて、
親からのメールも無視してしまっている・・・
確かに、彼の受けているストレスは、想像に余りあります。

「どれほどのストレスがあったか、これを見た時解ったよ。」と、
彼の右側頭部の1か所を指で押さえて言うと、
「そうなんすよ。2週間程前に友達から言われて、マジへこみました。
この前の面接の時、誰かに見られないかと、ヒヤヒヤもので。」
彼の右側頭部の耳の上あたりに、小さな円形脱毛があったのです。
「これもついでに治療しとくね。この種の脱毛は鍼治療でちゃんと
生えてくるから。」
「マジすか?じゃあお願いします。」
鍼治療は初めてとのことでしたが、憂さ晴らしができたせいもあってか、
「頸の鍼が、なんかぞくぞくっとしてめっちゃ気持ちよかったです。」と、
にこにこと、帰っていきました。

6月に入って3回目の来院時、脱毛部のつるっとした頭皮に、しょぼしょぼと、
かわいい産毛が生えてきていました。
「ありがとうございました。頭痛もしなくなったし、肩も腰も楽です。
おまけに、髪の毛まで生えてきて、頑張れそうな気がしてきました。
15日に、ワールドカップの日本の初戦が見たいけど、
その日は東京で最終面接です。」

6月15日、私はコートジボワール戦を見ながら、
面接官の前で緊張した面持ちの彼がふと浮かんできて、
日本が負けた結果に、一抹の不安を感じていました。
ところが翌日、治療中に電話が鳴り、
「先生!日本は負けたけど、僕は勝ちましたよ!内定いただけました。
先生のおかげです。」と、弾むような声。
「良かったねえ!忙しいのに、わざわざありがとうね!ご両親に電話した?」
「勿論です!ヤレヤレですわ〜。」
お会いしたこともない彼のご両親の喜びが伝わってくるようで、
日本が負けた悔しさも吹っ飛ぶくらい嬉しい1日でした。

ギリシャ戦は、是非勝ってほしいですね・・・頑張れ!日本!!

 (’14.6)
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