第26話   実は私が元気をもらっています
                     〜   が ん  〜
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若い人が癌になると、進行が早いため場合によっては手遅れになりかねません。
だからこそ、早期発見が必要になってきます。
それに引き換え、高齢者の場合は進行が遅いので、
癌となんとか折り合いをつけながら共存して、
それなりにQOL(生活の質)を保ちながら日々を送れることが少なくありません。
それは、癌細胞がもともと外からやってきたものではなく、
自分自身の細胞が変化したものであるためです。
当然、若い人の方が、細胞の持つエネルギーが強い分、
癌細胞も元気なわけです。

彼女は、50代半ばで乳がんになり、乳房を切除しました。
その後、転移もなく、孫の世話をしたり趣味の旅行をしたりして、
第二の人生を謳歌していました。
ところが、78歳になって、肺に癌が見つかったのです。
見つかった時には、肺全体に小さな癌細胞が無数に散らばっているため、
手の施しようが無いと言われました。
精神力の強い彼女は、主治医に、「あと何年生きられますか?身辺整理を
したいので教えてください。」と尋ねたそうです。
「あと半年・・・くらいですね。」と、先生の方が辛そうだったと、
彼女はけろっとして言います。

その後彼女が、当クリニックを訪れてからこの6月で、3年になります。
定期的にチェックしてもらうだけで、抗がん治療は受けていません。
冒頭に書いたように、高齢者の癌の進行は遅いからなのですが、
この3年間、毎週ほとんど欠かさず、鍼灸治療を受けてきたおかげと、
彼女は言ってくれます。
鍼灸治療によって免疫力が向上し、癌細胞と拮抗が保たれているかのように、
3年前から変化が見られず、主治医も「すごいね!よく頑張ってるね!」と、
感心してくれている、と、彼女は嬉しそうに言います。

もともと、彼女は、前向きな頑張りやさんで、少々のことではへこたれない
性格なので、気持ちが癌に負けていないことも、大きく影響しているようです。
夫に先立たれた後は一人暮らし。車で1時間ほどの所に居る娘は、
姑の介護をしているので、「迷惑をかけたくない。」と、
できるだけ自分のことは自分でしています。
当クリニックにも、公共交通機関を利用して、暑い日も寒い日も雨の日も、
自力でやってきます。

時々、しんどくて予約をキャンセルする日もあるし、
頑張って来院したものの、入口を入って来た時、顔が土気色で、
待合室のソファーでぐったりとしていることもあります。
「ここまでたどり着くのが、命がけなんよ〜」
大丈夫かな?と心配になりますが、東洋医学の脈診で診てみると、
まだまだ充分に治療できる状態なのです。
最中に「爆睡」するほど心地よい治療を心がけるので、
治療後は顔の色つやが良くなり、すっかり生き返ったような表情に。
「これで、また1週間頑張れる!」と、帰って行くのです。

こんな身体を押して彼女は、一体何を頑張っているのでしょう?
日々の生活は勿論のことですが、地域の高齢者が集まるサロンで、
一週間に一度ボランティアで折り紙を教えているのだとか。
昔から得意だった折り紙で、人を喜ばせることができて、
それが生きがいになっているのです。
「指先を使うとボケ防止になる言うから、みんなで頑張りょうるんよ!」

彼女に治療をして、元気になるお手伝いをしているつもりでしたが、
彼女の生きざまに、実は私自身が元気をもらっていると気付いた頃から、
このまま彼女は永久に生き続けるのではないかという錯覚を、

覚えずにはおれない今日この頃なのです。
                               (’15.6)


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