第15話  介護している人には傾聴とねぎらいを・・・
             
〜肘関節痛〜

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あなたの身近に、現在介護中の方がおられるでしょうか?
あなたが、その方にとって他人であれ、或いは血縁関係であれ、
その方に対して、あなたは何ができると思いますか?

50代の彼女は、肘関節を傷めて来院しました。
「おじいちゃんを、車椅子とベッド間を移動させるのが痛くて・・・」

相次いで二度の脳梗塞を起こしたお舅さんは、最近認知症の傾向も見え始め、
手がかかるようになりました。
食事も、嚥下がうまくできないので、細心の注意を払わなくてはいけません。
うっかりしていると、むせてしまい、今年のお正月は誤嚥性の肺炎にかかり、
入院してしまいました。
幸い大事に至らなかったものの、常に危険と隣り合わせです。

仕事が休みの日には、夫が代わってくれるので、美容院、自分の病院、
鍼灸治療等のために外出できる。ヘルパーさんが来ている間に、ささっと
買い物に出かける。
でも、いつも時間に追われていて心底からリラックスできない。
常に自分の肩の上に、「介護」という文字がどんよりと乗っかっている。
「先生の所へ来て、治療してもらいながら、愚痴を聞いてもらうのが、本当に救いになってます。ここに居る時間が、私には至福の時。
でもね・・・せっかくいい気分になっても、帰り道に車がだんだん自宅に
近付いてきたら、ああ・・またあの現実に戻るんだって、気が滅入ってくる。
おじいちゃんには、悪いけど・・・」
「よーく解るよ。私も自宅で介護をした身だから。“独りで頑張らない介護”とか、
“介護を楽しもう”とか、本当に何年も自宅介護を経験した人が言っているのか
疑問じゃね。周りをあてにできず、自分が頑張らなきゃどうにもならない時も
あるし、楽しむどころか、何もかも投げ出したくなるような時もあるよね。
愛情とか、親孝行の為とかというモチベーションが崩れ去ってしまう
瞬間があって、また、そんな自分に、自己嫌悪を覚えて落ち込んだりね。」 
彼女の眼には、涙がいっぱい溜まって、今にもこぼれ落ちそうです。

「主人は末っ子で、長男と次男は岡山に、しかも長男は、すぐ近くに居るのに、
兄弟って、なんなんですかね・・・?おじいちゃんの介護が始まった頃から、
次第に疎遠になって、たまに会っても自分の方にお鉢が回ってくるのを
避けているのか、“なんも言ってくるな”オーラがビンビンに出ているんです。
“忙しい、忙しい”って。
次男も、“子供が受験で大変だ”って。自分が受験するわけでもないのに。
関東に姉さんが居て、たまにおじいちゃんの様子を見に帰ってくるのはいいけど、
お客さんなんですよね・・・姉さんが帰る為に、介護の合間に布団の用意をしたり、
夕飯をご馳走したりで。“大変ね”と労ってくれるだけ、他の二人よりマシだけど、
“2,3日私が代わってあげるから少し休んだら?”なんてことは、
口が裂けても言わないし、娘に孫が生まれたから忙しいと言いながら、
どうも、夫婦であちこち温泉旅行なんか行ってるらしい。
うちなんかもう何年も旅行なんか行ってないのに。
兄弟が居たって結局協力してもらえない。自分たちが頑張るしかない。」
ついに、彼女の眼から涙が溢れだしました。

「肘は、整形外科で、使い痛みだからしばらく安静にしていなさい、と湿布を
もらったけど、今の私は安静になんかできっこないんです。
鍼灸治療でなんとかなりませんか?」と、彼女が来院してから1カ月。
ヤンキースのマー君のように、ピッチャーにはよくあることで、
肘関節の靭帯が断裂して、場合によっては手術が必要になりますが、
特にスポーツをしているわけではない一般の人にも、
日常生活での酷使によって、手術が必要なレベルではないが、
靭帯を傷めるということは決して珍しくありません。
彼女も、左肘関節の小指側にある内側側副靭帯を傷めていて、
初診時には、夜寝ている時まで、肘の位置によっては痛みで目が覚める
ほどでした。
鍼灸治療では、炎症を鎮め、傷んでいる靭帯にしっかり栄養を送って、
自己修復を促すようにするので、就寝時に目が覚めるようなひどい痛みは
なくなりました。
でも、安静にすることはできないので、お舅さんの車椅子移動の時や、
フライパンから、おかずをお皿に移す時などは、やはり、「あ、痛っ!」と
思わず声が出るほど。
今は、「三歩進んで二歩下がる」的な効果しか見こめませんが、
地道にやっていくしかありません。

「でも、三歩進んで二歩下がっても、最初の頃のことを思うと、
確実に良くなっているし、ここがあるから、私は介護を頑張れる。
治療をしてもらって体が楽になるのは勿論だけど、誰もこんなに愚痴を
聴いてくれないもん。おじいちゃんがしでかした事なんかも、
今度行ったら、先生にこれを話そうとか思うと、不思議と以前より
軽く受け流せるようになってきた。」

そうです。
あなたの身近に、現在介護中の方がおられたら、あなたがその方にとって
他人であれ、血縁関係であれ、あなたにできる事は、話を聴いてあげることです。
血縁関係にあれば、なおさら、仮に忙しくて手伝えなくても、
せめて話を聴いてあげてください。
その時に、説教や、指図は、もってのほかです。傾聴してあげてください。
そして、「大変なことを、よくやってるね。」とねぎらってあげてください。
血縁関係なら、「ありがとう。」のひとことは是非言ってあげてください。
「ありがとう。」のひとことで、気持ちはまったく違ってきます。

これから、ますます、介護をする人が増えて行くでしょう。
自分は関係ないと言ってはいられません。
現在、逃げている人も、どこかで形を変えてお鉢がまわってきます。
世の中とはそういうものです。
超高齢化社会の日本に居る限り、国民ひとりひとりが、
しっかり受け止めて行かなくてはいけない問題なのですから。
  (’14.7)

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