少しびっこを引くような足取りで治療室に入ってきた彼女は、
10歳は若く見える“アラフィフ”の美しい女性でした。
「左の股関節が痛くて、歩きにくいんです。階段を上がる時には、
手で股関節を持ちあげるようにしないと上がれないし、
降りる時も体重を乗せると痛いので、1段ずつチョコチョコと。
もう情けなくて・・・」
大学時代、夢中でテニスに明け暮れているうち、股関節が痛くなり、
病院で調べてもらったら、股関節の形成不全と言われたとのこと。
股関節の形成不全とは、赤ちゃんの頃には異常が無かったのに、
思春期の身体が成長し始める頃に、
股関節のジョイント部分の受け皿的な側=臼蓋(きゅうがい)の深さが、
浅く形成されてしまい、大腿骨頭をしっかりと保持できない為、
ジョイント部分が不安定になる状態で、原因は解っていません。
その後、テニスもやめてほぼ支障なく過ごしていた彼女でしたが、
最近、また、痛くなり始めて病院に行ったら、
「変形性股関節症って言われたんです。年のせいだって。」
彼女は、大きく溜息をつきました。
思春期に形成不全の状態でも、筋力があるうちはそのサポート力で、
ほぼ支障は無いのですが、やはり、加齢とともに筋力が低下すると、
ジョイント部分の摩擦が大きくなり、次第に軟骨がすり減ってきます。
そのため、今度は、「変形性股関節症」に移行してしまうのです。
「整形外科では、お薬と湿布が出て、筋肉を強化しないといけないので、
リハビリに来るように言われたんですけど、
なんかそういうのをする気にもなれなくて、
友達から鍼がいいよって言われて。」
「そうですね。すり減った軟骨を再生することはできないけど、
鍼灸治療で血流が良くなると炎症が退いて痛みが少し楽になるから、
そこで筋力トレーニングを少しずつ始めるとかなり良くなりますよ。」
股関節が悪いと言っても、その部分の治療だけでは不十分なので、
温灸器による気持ちの良い温度のお灸と、極細の鍼で、
股の付け根や、仙骨や尾てい骨、坐骨周辺も丁寧に治療します。
そして、当クリニックでは、反対側の痛くない方も必ず軽く治療します。
こういう時、男性の先生は、大変だろうなと思いますね・・・
女性の患者さんのビミョーな部位の治療は、
ひとつ間違うと“セクハラ”になりかねず、非常に気を遣われると思います。
その点、女性同士ですから、本当に治療したい部位に、
何のためらいも無くしっかりとアプローチできます。
鍼が初めてという彼女、しかもいくら女の先生でも、
あまり触ってほしくない部位の治療で、ちょっと心配だったのですが、
「いやぁ〜鍼ってもっと痛いと覚悟してきたんだけど、
なんか気持ち良かったです。それに、来た時より楽〜
横になってる時からだんだん楽になってくるのが解ったけど、
今、こうやって歩くと全然違う〜」と、少々興奮気味で帰っていきました。
翌週、治療室に入って来た彼女はもうびっこは引いていませんでした。
「2.3日ほどすごい楽でした。次第にまた痛くなってはきたけど、
前みたいな事は、全然ありません。
実はね、先生、私、7月半ばに結婚で島根に行くんです。」
「えぇ〜本当に〜?!それは、おめでとうございます!!」
思いがけない事に、ちょっと驚き過ぎて失礼なリアクションだったのではと、
反省しながらも、なんだか私まで嬉しくなりました。
「結婚と言っても、向こうも前の奥さんの七回忌が済んだばかりだし、
私も子供は居ないけどバツ一なので、
私が引っ越して籍を入れるだけなんですけどね。」
「それじゃあ、引っ越しまでに良くならなきゃね。」
5月から 6月にかけて、彼女は毎週の鍼灸治療と、
筋トレに励みながら、少しずつ引っ越しの準備を進めていきました。
「階段も、駈けあがったり降りたりはまだ無理だけど、
普通の速度で上がり降りできるようになったし、
ワンちゃんの世話で立ったりしゃがんだりが全然できなかったんですけど、
なんとかゆっくりでもできるようになりました。
あの子も一緒に連れて行くんで、世話ができないと困るんですよ。
向こうに行ったら、彼が通っているジムで、
一緒にプールで泳いだり筋トレしたりしようと言ってくれてるので、
頑張って続けます。
でも、彼に、どんな治療を受けてるのかって聞かれたから、
説明したら、そんなとこ治療するの?女の先生でよかった〜って、
けっこうやきもち焼きなんですよ。」
少しはにかんだ彼女の横顔は本当に美しくて、
彼の気持ちが、とてもよく解る気がしました。
「鍼灸治療を受けたいと思った時は、知らせてね。
日本鍼灸師会のネットを通じて女の先生を紹介するから
くれぐれも安心するよう、彼にお伝えくださいね。」
彼女が岡山を発ってお嫁入りする日は、もうすぐです。
(’16.6)
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