第36話の「生理痛」のページでは、毎月女性の身体に起こる、
アクロバティックなメカニズムについてのお話でしたが、
「更年期」もまた、女性にとって心身に大きな変化を起こす、
大変な時期と言えます。
もっとも、生理は勿論女性のみにあるものですが、
「更年期」は、男性にもあるということが近年さかんに言われるようになり、
一昔前の様に女性特有のものではないというのが、現在では一般的ですね。
女性の更年期は、閉経する平均年齢の50歳をはさんだ前後10年間と、
言われていますが、男性の場合は明確な境目が無い為、却って厄介と、
言えるかもしれません。
今回は、女性の更年期についてのお話です。
女性の更年期は、閉経する数年前から徐々に、女性ホルモンエストロゲンが、
減少することによって起こってきます。
卵巣の働きが低下してエストロゲンの分泌量が減少するため、
脳は、もっとエストロゲンを出せと卵巣に対して指令を出します。
人間の身体は非常に精密にできている割にはちょっとお粗末なのですが、
脳と卵巣との連携が上手くいかず、そのアンバランスが身体全体に影響を
及ぼしてしまうのです。
この現象は誰にでも多かれ少なかれ起きますが、
身体の不調が日常生活のQOL(生活の質)を阻害する状態を、
「更年期障害」と言います。
彼女は50代半ばですが、きめの細かい透き通るような白い肌の、
美しい女性です。初診時から、「先生にはなんか何でも話したくなる。」と、
夫の話や青春時代の話など、とても多弁です。
でも、口癖のように出る言葉は、「主人と結婚したのは人生の大誤算。」
「私ね、縁談はいっぱいあったんよ。その中で二人の男の人で迷ってて、
一人はお医者さんで、初めて会った時、薔薇の花束を持ってきたのよ。
私の父親なんかはちょっとキザじゃなと言ったけど、感動した。
でも、背が低くて顔もイマイチだったんよね・・・
もう一人が、今の主人。サラリーマンで給料もそんなに良くなかったし、
薔薇の花束なんか持って来んかったけど、背が高くてすらっとしてて、
当時はすごくイケ面で、カッコよかったんよ~
でも、それが大きな誤算。なんであんな人と結婚したんかな~。」
ひとくちに「更年期障害」と言っても、いわゆる不定愁訴が中心なので、
その症状は、人によってまちまちです。
彼女は、一般的によく言われる「ホットフラッシュ」の症状は無い代わりに、
ドライアイ、ドライマウスがひどく、眼は頻繁に眼薬をささないと乾くし、
唾液が少なくていつもガムを噛んでいないと口の中がカラカラ。
頭痛薬を常に携帯するほどの頭痛持ちで、めまいもよく起きるとのこと。
病院で色々調べて、膠原病でもないし脳にも異常が無いので、
更年期障害と診断され、一時ホルモン補充療法を受けたのですが、
もともと良くない胃の調子が悪化し中止。
「鍼灸がいいんじゃないかと思って・・・」
それぞれの症状は、第21話、28話、41話などで紹介した治療で、
少しずつ改善していきました。ドライマウスも、唾液腺を刺激する治療で、
以前は何をする時もガムが口の中に無いことはなかったのに、
何かに夢中になると忘れている時間が、長くなってきたとのこと。
「でも先生、主人の顔を見てたらイライラしてまた症状がぶり返すんよ。
60歳でも最近はみーんなまだ仕事してるのに、さっさと退職して、
趣味の短歌三昧で余生を過ごしたいんじゃて。
ずうっと家に居るから三度三度のご飯はせんといかんし、
うっとおしいったらありゃせん。オタクおじさんって呼んでやるんよ。」
「でも、病院やここへ来るのも送り迎えしてくださるんでしょう?
自分で勝手に行けって言うご主人だっておられるんじゃから、
感謝せんと。」
「私の体調が悪うてご飯もなんもできんかったら、自分が不便なからよ。
主人は長いこと風邪ひとつひかんし、どっこも悪くないから、
病院も長いこと行ってない。ホンマ、腹立つわ~」
「まあまあそうおっしゃらずに・・・更年期障害にイライラの症状は、
付きものだけど、そのストレスがまた更年期障害を悪化させるからね。」
ところがです。人生とは本当に想定外な事が起こるもので、
しばらくして、夫が入院したから行けなくなったと、
予約のキャンセルが、入りました。
その時の彼女がとても動顛していたのと、私も治療中だったので、
詳しい事が解ったのは、後日でした。
夫は脳梗塞を起こし、外出先から救急搬送されたらしいのですが、
幸い意識もすぐ戻り、呂律は回りにくいが話もできるとのこと。
「先生、主人の事うっとおしいとか言っとったのに、勝手なもんで、
病院から真っ暗な家に帰って主人がおらんのが、こんなに寂しいとは。
東京に居る孫が小学校のお受験で、今度はお正月に帰れん言うから、
主人と二人の面白くも無いお正月じゃなあと思ってたけど、
なんのことはない、一人ぼっちのお正月じゃが~」
年末に小1時間かけてバスを乗り継いで来院した彼女は、
かなり憔悴していました。
「でも、前より随分楽にしてもらったから、こんな大変な状態でも、
なんとかやっていけそうです。こうなってみて初めて私気が付いた。
主人に甘えとったんじゃね。せっかく先生に楽にしてもらってるのに、
毎日毎日主人への不満ばっかりで、その毒素が脚を引っ張ってたから、
引っ張るなって教えてもらったんだと思う。ここへの送り迎えも、
本当にありがたかった。」
「それに気付いたのはすばらしい~その気持ちを是非ご主人に、
伝えてあげて。一人ぼっちのお正月どころか、
ご夫婦の絆を最強にするお正月になりそうね。」
更年期障害の一番の薬は、夫婦の絆かもしれませんね。
2016年もあとわずか。
2017年が、皆様にとって最高の歳となりますように・・・
(’16.12)
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