第10話 マンションだらけ 本文へジャンプ
「わぁ〜懐かしい!!この建物は変わってない。
玄関のピンポンも同じ〜!!
でも、この辺マンションだらけになっててビックリ!!
別世界に来たみたいで、間違えたんかと思った」
20数年ぶりに来院してくださった患者さんの、第一声です。

彼女は、当時50歳になったばかりの頃で、仕事で疲れると来院し、
受療しながら色々おしゃべりして帰るのが楽しみだと言って、
バスで定期的に通われる、長い黒髪の美しい方でした。
30代の若さで夫を亡くしてからは、ずっと独りでおられて、
ご両親も見送り子どもさんも居なくて、少し寂しそうでした。
そんな時、思いがけずご縁があって、彼女は島根県に嫁ぐことに
なりました。
お相手の男性も、妻に先立たれ、子どもさんは成人して独立され、
第二の人生のパートナーを探しておられたとのこと。

「いやぁ〜おめでとうございます!!島根に行ってしまわれるのは
寂しいけど、どうぞお元気で、お幸せにね。」
と、お別れして、時々どうされているかなぁと思い出しつつも、
この度、「先生、まだされているんですね〜良かった〜」と、
電話がかかった時には本当に驚きました。
20数年間、第二の人生を共にした男性が昨年亡くなり、1年かけて
色々整理して再び岡山に戻ってきたとのこと。
「やっぱり岡山がいいです。両親や前の夫のお墓もあるし。」

私もこの間、歳を重ねていますし、流れた年月の味わいが
彼女の姿に加わってはいるものの、治療を始めるとその年月を
埋め合わせるように私の手に伝わるものがあります。
「これからまた、通わせてください。マンションだらけには驚いたけど
バスが昔と同じように停まるし、先生の治療も変わらないし」
ショートカットになって少しふっくらとした彼女は、昔と変わらない、
品のある笑みを浮かべて帰っていきました。

確かにこの辺りは、この20年ほどの間に様変わりしてしまいました。
昔子どもの頃に観たアメリカの映画の、周りにどんどん高層ビルが
立ち並び、以前からあった小さな家が窮屈そうにしているシーンを
ふと思い出します。
最近は、近くのマンションから歩いて来院される患者さんが増え、
ありがたいのですが、せっかく建物の古い部分を壊して作った、
駐車場がガラ―ンと空いていることも多く、
「通りすがりに今空いとると思うて寄ったら患者さんおったんかな」
と言われることも。

少子化が改善される目途もなく、人口がこれからどんどん減っていく
中で、こんなにもマンションが乱立して数十年後どうなるのか・・・
一戸建ての空き家問題の対策が急がれる現在の状況が、
すでに物語っているのですけどね。

 治療室の小窓〜ゆるっといきましょう〜トップへ