クラシックのコンサートなどでは、ちょっと咳込むのも気が引けるほど、
会場全体がシーンと静まりかえっています。
繊細な音のひとつひとつも聞き逃すまいと、観客は耳を澄ませて、
目まで閉じて聞き入りますね。
しかし、ア−ティストのライブとなると、まったく様子は異なりますよね。
観客は総立ちで、手を振り上げたり、ペンライトを振ったり、歓声をあげたり。
たまに、中高年がこういうライブに行って、体調を崩して治療に訪れることが、
あります。
普段、運動不足なのに、ライブの間中立ちっぱなしで、その上ジャンプしたりして、
膝や腰が痛くなったり・・・ずっと片手を振り上げ続けて肘関節や肩関節が、
動かなくなったり・・・大声で叫び続けて喉をやられたり・・・
58歳の彼女は、昨年末の某有名アーティストのライブに横浜まで行きました。
癌を患った夫の介護をして、去年春に見送った後、
ぽっかりと穴が空いたようになっていた母を見かねて、横浜に居る長女が、
一緒に行こうと誘ってくれたのです。
長女は、そのアーティストの大ファンですが、彼女は「嫌いではない。」程度。
でも、長女と一緒に行けるのが嬉しくて、生まれて初めて、ライブなるものに
足を踏み入れました。
「先生、もうそりゃあ別世界ですよね!なんか今までのいろんな悪いモンが、
全部吹き飛ぶような気がするくらい、ハジケてしまって・・・」
彼女は、感じたことの無い高揚感に酔いしれて、思わず長女に、
「来年も誘ってネ!」と言うほど、はまってしまったそうです。
ところが、横浜の長女の家に泊って興奮冷めやらぬ夜を過ごした、
翌朝のことです。
目覚めて起きようとした途端、いきなりぐるぐると辺りが回り始め、
吐き気までして、起きられなくなってしまいました。
なんとか長女に抱えられて、近くのお医者さんに行くと、
「良性発作性頭位めまい症」と、言われ、点滴を受けてやっと落ち着きました。
長女宅に二泊して岡山に帰って来た彼女は、翌日当クリニックを訪れました。
横浜でもらって帰ったお薬を飲んでいるので、激しいめまいは無いのですが、
ちょっとした頭の向きによって、フワァ〜ッとするので、
あまり気分はよくありません。
「やっぱり歳を考えんといけんですよね。日頃、そんなに動かさんのに、
あのライブで調子に乗ってガンガン頭を振り回したんがいけんかった。
その時は楽しかったけど、もう懲りました。」
と、彼女はすっかりしおれてしまっています。
「良性発作性頭位めまい症」は、なでしこジャパンの澤選手がなったことで、
ご存じの方が多いでしょう。
文字通り、「良性」で、「発作的に」発症し、「頭の位置によって」起こる、
めまいです。
内耳の前庭(ぜんてい)という場所にある耳石というカルシウム粒子が、
なんらかの原因で定位置から外れて、三半規管に入り込んでしまうことで、
起きると言われています。
耳石は、正常な位置にあって、バランス感覚を維持してくれているので、
ひとたびはがれると、それが乱れてしまうわけです。
若い人にも起きますが、加齢とともに、耳石がはがれやすくなる傾向があり、
一説には、骨粗鬆症と関連しているとも言われます。
めまいが落ち着いてもまた頭の位置によってフワーッとすると、
恐怖感の為、じっと寝ている方がおられますが、
激しいめまいが少し落ち着いたら、むしろ普通に動いて、めまいがする位置に
敢えて頭をもっていく方が、早く耳石が定位置に戻ります。
エプリ―法と言われ、少々荒療治のようですが、効果は大きいようです。
当クリニックでは、まず、頸、肩の凝りを取ります。
めまいを起こす時は、大概、本人の自覚の有無によらず、頸、肩が凝っています。
それから、ベッドに横たわっていただいた状態で、
頭の位置を左右交互に向けながら、耳の治療をしていきます。
もうすぐ2月。彼女は、ようやくめまいから解放されました。
「また、ライブ行かれますか?」
「もう懲りた、と思ったけど、やっぱり行きたい。
今度は年相応に、ちょっとおとなしめに、します。」と、
彼女はにっこりほほ笑みました。
そうですね。悪くなるのを恐れて、自分の行動範囲を狭めてしまうのは、
よくありません。
中高年だって、弾けたい!
自分のペースで、上手に弾けましょう!
(‘15.1)
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