第42話   そこに山があるから
                 〜  脊柱管狭窄症 〜
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脊柱管狭窄症は、芸能人などが手術したという報道で、
すっかりメジャーになった病気です。
脊柱管というのは神経の通り道で、加齢や労働、生活習慣などにより、
変形した背骨や椎間板と、靭帯に囲まれた脊柱管が狭くなってしまい、
中を通る神経が圧迫されて痛みやしびれが生じてきます。
前かがみになったり座ったりしていると楽だが、立ちんぼ状態が辛く、
休み休みでないと歩けないといった特徴があります。
進行すると、まったく歩けなくなったり、排尿や排便にまで支障を来し、
手術が必要となってしまうこともあります。
それほど重篤でない場合は、痛み止めが処方され様子を見るというのが、
現在の整形外科での主な治療法です。

鍼灸治療はというと、圧迫されて血行が悪くなっている神経に、
しっかり血液を送り栄養することで、痛みとしびれを軽減します。
また、必ず、周辺のかなり広い範囲の筋肉に関連痛が生じているので、
その筋緊張を緩めて関連痛を緩和します。
狭くなってしまっている部分を元通りにするのは、手術するか、
もう一度、お母さんのお腹から生まれなおすしかありませんが(笑)、
上記の治療法で、かなりQOL(生活の質)は良くなります。

彼は、仕事中に急に腰が抜けるような痛みを覚え、
その夜から、左側の腰と膝の激痛でベッドでは眠れず、
椅子に座ってなんとか睡眠をとったものの、痛みが治まらないので、
翌日病院を受診。脊柱管狭窄症と診断され、痛み止めが処方されました。
その後、激痛だった時よりはかなり痛みが軽減したけれど、
寝る時は左の腰が痛く、日中動くと左の膝が痛いというのが治らず、
仕事に復帰するまでになんとか改善したいと当クリニックに来院。
痛みが発症して病院で診断されて2週間ほどです。
来院時、
「○月○日 こういう症状が発生 
○月○日  ○○病院でこういう診断を受けた
○月○日  ○○が処方された」など、状況が把握しやすいように、
「症状の概略」と題した文書を持参。
「おぉ、これは解りやすいですね〜ありがとうございます。」
と、思わず感心した私にちょっと照れ笑いした彼は、
随分とがっちりとした大柄な男性ですが、
非常に綿密な性格が窺われます。

鍼灸治療は初めてというので、できるだけリラックスできるよう、
雑談を交えながら、とにかく神経にしっかり血流を送る治療をしました。
「鍼はそんなに痛くなかったでしょう?」
「全然なんともなかったです。だいぶ鈍いんかなあ・・・」
と、無事に初めての治療が終了。
4日後、2回目の治療の日、「治療後から寝ても左腰が痛くなくなって、
寝返りも打てました。左の膝は外側がまだ痛いです。」
3回目の来院時には、左膝の痛みも「そういえば、観察してくるのを、
忘れてました。」 要するに、あまり痛くなくなってきたということですね。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と言いますが、
お産の陣痛に限らず、人間は誰しも苦痛が過ぎ去ると、
忘れて行くものです。
生きて行く為には、この、脳のリセットが必要なのです。
人によっては、脳のリセットが上手くいかず、過去の心身の苦痛を、
ずっと抱え続ける場合があり、これほど辛いことはありません。
苦痛を忘れるということは、生きて行く上で必要なことなのです。

その後、休んでいた仕事に復帰して、15sほどの重い物を持って、
歩き回ったりすると、お尻のあたりにしびれが出たりするものの、
普通の状態では、ほぼ何も支障が無いという状態になりました。
「できるだけ重い物は、若い人にでも持ってもらうとかして、
無理はしない方がいいですよ。痛みが取れてきているので、
少しずつ筋トレをすれば、さらに進化する可能性はありますが。」
「筋トレねぇ〜」と、ちょっと苦笑い。

でも、8月の終わりの来院時、「盆休みに、試しに石鎚山のてっぺんまで、
登ってみたけど、なんともなかったです。」
「えぇ〜っ!?石鎚山のてっぺんまで登ったんですか?」
がっちりとした体格なはずです。彼の趣味は登山だったのです。
中高年の登山ブーム時には、当クリニックで治療を受けては、
登山に励む患者さんが多かったのですが、
石鎚山は標高1,982mの、近畿以西の最高峰の霊山で、
かなりきついと聞いていたので、ビックリポン(ちょっと古い?)です。
「でも、左は全然なんともなかったけど、今までどうもなかった右が、
今度はしびれてきたんです。」
こういう現象は少なくないので最初から右側も軽く治療していたのですが、
さすがに、最高峰の霊山が、こたえたのでしょうね。
右側もしっかり治療して3回目には、
「右のしびれも無くなって今はなんにも感じんのですけど、
鈍いんかなぁ〜」

脊柱管の狭窄そのものは、上記のように、手術するか生まれ変わるしか、
元通りにはできませんが、今後、月1回程の治療をしながら、
少しづつ筋トレしていくと、さらに山に登り続けることも、夢ではありません。

「なぜ山に登るのか そこに山があるから」
とは、ジョージ・マロリーという登山家の言葉として有名ですが、
(これは誤訳だったとも言われていますが)
山が好きな人にとっては、これはきっと至言でしょうね。
これから、紅葉の美しい季節を迎えます。
上手にケアしながら、大いに山を楽しんでください!!

                            (’16.10)
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