「線維筋痛症」という病気の名前は、最近では時々TVなどでも紹介され、
「なんか聞いたことがある」と思う方も少なくはないかもしれません。
しかし、一般的にはまだまだ知られておらず、専門医以外のお医者さんでは、
なかなか診断がつかないほどです。
最初は1か所から始まり、次第に頸、胸部、背中へと範囲が広がり、
後頭部、頸椎5番〜7番辺り、肩、肩甲骨上部、第二肋骨辺り、肘周辺、
臀部、大腿部外側、膝内側のいずれも左右の計18か所という、
典型的な圧痛点のうち11か所以上に痛みがあり、3カ月以上続くというのが、
診断基準のひとつとなります。
人によっては、末期がん患者に相当するレベルの激痛と言われています。
原因としては、ウイルス感染や自動車事故などが引き金になるとか、
背後に強いストレスがある場合が多いなどの報告があるものの、
はっきりとした解明にはつながっていません。
最近では、子宮頸がんワクチンを引き金に発症したという報告があります。
いずれにしても、全身の痛みを抱えて毎日生活していかなければいけない
というのは、地獄ですよね。
人によっては、大きな音を聞いても身体に激痛が走ったり、
過敏性腸症候群や耳鳴りなどを伴ったり、痛みの為に不眠になり、
うつ症状を来して、元日本テレビのアナウンサーの様に、
自殺に至る場合もあるほどです。
本人が死ぬほど苦しんでいても、周りには理解してもらえないというのも、
心理的に追いつめられ、孤独感に苛まれますよね。
なんとかこの痛みを緩和することは、できないものでしょうか・・・?
実は、鍼灸治療には、その可能性が示唆されています。
一般的に、感覚需要器から脳に信号が送られて、「痛い」と感じるのですが、
線維筋痛症の場合は、脳の誤作動により起因の無い痛みが生じ、
しかも、本来働くはずの、痛みを抑制する脳内物質の分泌が少ないことが、
報告されています。
鍼灸治療には、脳内モルヒネと言われるエンドルフィン等の鎮痛物質の
分泌を促すという報告も多数あり、
明治国際医療大学鍼灸センターでは、現在盛んに研究が行われていて、
鍼灸治療の可能性が証明されるのも、そう遠いことではないかも
しれません。
当クリニックでも、この病気と診断された数人の患者さんを治療しました。
しかし、原因も解らない、鍼灸治療が本当に効くかの保証が無い、
一般的にお医者さんは勧めない、その上、経済的時間的な問題もあって、
根負けして、数回の治療で来られなくなってしまうのです。
私の能力も至らないのかもしれませんが、これほどの難病の治療に、
数回で結果を求められるのも無理な話ですよね・・・
しかし、彼女は違いました。根気よく治療に通っていただきました。
そして、今では、介護関係のハードなお仕事ができるまで回復しています。
彼女は、入退院を繰り返す病弱な子供さんを育て、
自分自身も、婦人科疾患の為、30そこそこの若さで子宮を失い、
それら諸々のストレスのせいか、線維筋痛症を発症してしまいました。
もともと当クリニックにご縁があったので、病院にかかりながら、
鍼灸治療も始めました。
「治療してもらったら、2日程だるいけど、後が楽で、よく動けます。」
しかし、また、彼女を試練が襲います。
県外から時間をかけて当クリニックへ通っていた上に、
夫の入院、退職、転職と重なり、来院がままならなくなり、
1年に数回しか治療できないまま、4年程経過してしまいました。
その間、 総合病院のリエゾン外来(主治医を中心として精神科等
複数科の医師やスタッフで構成されるチーム医療)から始まって、
信頼できる医師と出会い、全身を常に襲っていた激痛が少しずつ
緩和していったものの、毎日飲むお薬の種類も当然多く、
それにより十二指腸潰瘍になってしまって、またお薬が増えるという状態。
これでもか、とばかり襲ってくる試練の度に、痛みが再発するという状態。
当クリニックにコンスタントに来院できるようになったのは、
さまざまな条件が整ってきた去年11月からです。
ほぼ、2週間に1度のペースで来れるようになると、
治療後のだるさもその日だけになり、今年3月には、
「夜中に足が痛くて目が覚めて、足を指圧する機械で揉みながらでないと
寝れなかったのに、最近機械を使ってないんですよ。」
「痛い方の左手が挙がらなくて洗濯ものが干しにくかったのに、
干せるようになってきたんですよ。」などと、嬉しい報告が。
主治医の先生に問診の後で「よくなってきたね。」と言われたので、
「鍼灸治療を受けてるって先生に言ったら、それもいいんかもねって、
言われました。」
調子が良くなれば、お薬も減ってきます。お薬が減れば、副作用からくる、
不具合も無くなり、より体調が良くなってきます。
先月から、彼女は、介護関係の仕事を始めています。
「面接に行ったりのバタバタで、病院の予約をすっかり忘れてました。」
当クリニックの予約を忘れる患者さんも時々あるのですが、
そんな時私は、「忘れるということは、ご自分の症状に捕われなくなった、
症状以外に眼を向けることができるようになったということだから、
喜ばしいことです。」と、言うのですが、
病院の先生も、「就職でもしたのかなと思ってた。」と軽く言われたとのこと。
人間は、何かひとつのことに捕われがんじがらめになり、
そうなっている自分を見てさらに苦しみもがくという“ドツボ”に陥る事が
ありますが、痛みに関してはこういった現象が起こりやすく、
最近では、医学的に問題の無い腰痛なども、この現象だと言われ、
「線維筋痛症」も、勿論、例外ではありません。
心理学的には「認知行動療法」が行われたりしますが、
誤作動を起こしている脳に、その誤った「認知」を気付かせ、
情報を修正していく根気強い作業が必要です。
その過程で、鍼灸治療がお手伝いできるのは、とても嬉しいことですが、
根気強く病気に向き合う患者さんの意志がなくては実現しません。
決して楽ではない介護の仕事をしながらも、彼女の表情はとても明るく、
活き活きとさえ見える今日この頃です。 (’16.8)
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