数年来、2.3か月に1度くらいのペースでランチを共にする親友がいます。
お互いに忙しいので、場合によっては半年くらい会えない時もありますが、
だからこそ毎回、ランチの間の2時間程は、積もる話で盛り上がります。
彼女は、自らも大御所の先生の指導のもと書道展などに出品しながら、
習字教室を開いて多くの子供たちを教えています。
彼女と私は、高校時代の親友ですが、違う大学に進んで離ればなれになり、
お互い、大学の専門とは違う職業に就き、結婚、育児と、
人生の壮年期は、同じ岡山市内に住みながらも、
年賀状のやり取りだけで、時が過ぎていきました。
私達が、大学生から壮年期にかけては、勿論、携帯も無く、
パソコンも一般的には普及していない時代ですので、
連絡を取る方法は、手紙か葉書、相手宅に直接電話するしかありません。
なので、結局、お互いに負担にならない年に一度の年賀状が、
唯一の連絡ツールとなってしまいがちでした。
お互いに子供達も独立し、仕事と家事に追われる日々にも、
少し余裕が出来た頃、彼女の年賀状に携帯のメールアドレスが、
小さく書かれているのを見つけ、私がメールを送ったことから、
約40年ぶりに会うことができました。
久しぶりに会う日、まさかお互いに解らないってことは無いよな、と思いつつ、
まるで恋人に会うかのようにドキドキしてその時を迎えました。
会った瞬間、お互いの口から出た言葉は、
「いやぁ〜!!変わってないね〜!!」
全然変わってないはずはないのですが・・・(笑)
一瞬にして二人とも、女子高校生にタイムスリップしてきゃっきゃとはしゃぎ、
冷静になると、お店の他の人達に呆れられてたかもと恥ずかしくなる始末。
それからというもの、40年近くのブランクが全くなかったかのように、
高校時代、一緒にお弁当を食べながら勉強や進路の話や先生への不満、
かっこいい男子の話などをしていた頃と全く変わらず、
再び、ランチを共にするようになりました。
私は、介護が全て終了しましたが、彼女はまだ少し抱えているので、
彼女の楽な時に、「ランチしよう。」とメールしてきて、
二人のスケジュールをすり合わせて会います。
ただ、2時間程、食事をして終わるというのではなく、
同業者ではない為に、仕事の話も気楽にできるし、
お互いの家族の話、介護の話で共感し合ったり、
お互いに口は堅いので、他人にはあまり言えない話を安心してできたり、
女性同士にありがちな、対抗意識や見え等も全くない、本当に貴重な、
得難い大切な親友との幸せなひと時です。
中には、同じように学生時代からしばらくのブランクがあって、
久しぶりに会う友人でも、長い人生経験の間に人柄がすっかり変わって、
「こんな人じゃなかったのに・・・」と、寂しくなることもあります。
自分の持ち物や身につけているものの自慢や、子供や孫の自慢以外、
他に話題が無いのかなと思える「自分が一番タイプ」の人。
反対に、自分の人生や体調が不幸の極みで、あなたなんかいいわね、と、
「隣の芝生の青さばかりが気になる、やっかみタイプ」の人・・・
いずれにしても、「自己」に執着し過ぎで、前を向いてなく、
話をしていても疲れを感じるので、通り一遍のお付き合いのみに、
なってしまいます。
彼女と私は、色々話してみると、お互いそれぞれに波乱のある人生で、
決して順風満帆とは言えず、しんどくて辛い時期も、
乗り越えてきていますが、二人ともに共通しているのは、
どんな時もポジティブで、明るく、カラッとあっさりとしている点のようです。
「大変だったんよ〜」と言いつつも、なんかあまり大変じゃなかったように、
ケロッとして笑いながら話し、一つの事に執着したり、グチグチしたりもない、
要するに感情が同じ場所に長く停滞せず、常に前を向いている。
だから、お互いに対して違和感を覚えないので、
どんなに話をしても一向に疲れないのかもしれません。
お互いに忙しい日々の狭間で、夢中で食べてしゃべって、
「うわ〜もうこんな時間!」と、慌てて帰る用意をし、
「また、会おうね!」と言って別れます。
佳き友を持つことは、人生の財産ですが、
特にひと歳とってからの佳き友は、とても大切です。
さまざまなしがらみに縛られている家族とは違った、
「ゆるふわ」の触れ合いです。
今後も、二人で歳を重ねながら、ずっと「ゆるふわ」の触れ合いを、
続けていければと思っています。
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