第47話  こんな簡単な親孝行は無いよ   
              
     〜  食欲不振  〜    

本文へジャンプ
ようやく春めいてきて、気分もウキウキとしてくる今日この頃ですね。
しかし、せっかくの好い時候にも拘わらず、
花粉症の方々には辛い季節到来ということですし、
体調がすぐれなかったり、なんとなく気分が落ち込んだり、
決してウキウキとはしていられない方達も少なくありません。
冬から春に移行するこの季節は、気温も日替わりで不安定ですので、
ファッションも冬モードから春モードにパッと切り替えられず、
春めいた服を着た翌日にまたダウンコートを着たりと、
対応がなかなか大変ですよね。
人の身体もこれと同じ事が言えます。
春めいた服を来た翌日にダウンコートを着るような対応を、
自律神経が日々けなげにやってくれているのです。
昔から「木の芽立ちには心身の不具合が起きやすい」と言われますが、
この自律神経のけなげな働きにちょっとした不具合が生じると、
身体や心のバランスが崩れてしまうのです。

「最近、なんか食欲が無くて・・・酒も美味くないんですよ。
朝も今まではパッと目が覚めてたんですけど、最近はやたら眠くて・・・」
「“春眠暁を覚えず”で、誰でも眠い時期ではありますけどね。」
彼は、大学の先生で、春休みとか夏休みのタイミングで時間が空いた時に、
溜まった疲れを取りに来院される患者さんです。
しかし、今まで、食欲が無いと聞いたことはありません。
「ストレスもいっぱいでしょうからね。」
「ストレスはありますけど、こんなに食欲が無かったことは初めてで・・・
血液検査もしてもらったし、胃カメラも飲んだんだけど、別に何も無くて。」
「あ、でも、去年も3月に来院された時、身体がなんかしんどいって、
言われてましたよ。」 カルテを見ながらそう言うと、
「あぁ〜そうでしたっけね。そう言えばそうでしたね。
それで、鍼してもらって調子よくなったんですよ。
大体僕は、この春先の頃が、昔っから調子悪いんですよ。」

お腹を触診してみると、みぞおちから胃の辺りにかけて、
突っ張ったように緊張していて、「なんかそこ、嫌な違和感があります。」
胃の動きが悪いのが、手に伝わってきます。
よく、“足の三里”というツボに鍼を1本刺して、
瞬時に胃が活発に動く動画が、鍼灸治療の普及に使われますが、
本当に皆さんが驚く程の即効性があります。
ただ、当クリニックでは、おなかへの温灸を第一にし、
刺さない鍼で、緊張をゆっくりとほぐしていきます。
その最中に、ぐじゅぐじゅと音をたてて胃が動き出しました。
「柔らかくなった感じで違和感が無くなりました。すごいな。」
また、頸や肩背部の凝りがあると、副交感神経の働きが低下して、
胃腸の調子が悪くなるので、この部の治療は勿論欠かせません。

彼は、仕事柄、パソコンに向かっている時間が長く、
頸や肩背部の凝りがひどくて頸が回らなくなったり頭痛がしたりして、
来院の度に、「運動した方がいいですよ。」と、言い続けてきたのですが、
「先生にそう言われたら、その時はしなきゃな、と思って、
仕事の合間に教えてもらったストレッチとかを何回かはするんですけど、
いつのまにか・・・で、気が付いたらまた頸が回らない。」と、苦笑い。
「まぁ、大体、皆さんそうなんですよね。
スポーツジムなどに日参して、どんどん運動しているのはシニアで、
本当は、身体をケアしながら頑張っていただきたい働き盛りの方達が、
忙し過ぎて運動不足でメタボで、成人病を抱えて・・・」
「そうですね。このままいくと、シニアがますます元気で長生きで、
日本を支えていく中心世代が、次々ポックリいきかねませんね。
僕の周りの同世代の知人にも、最近、体調を崩して入院したり、
癌も多いですしね。親御さんの方が元気で見舞いに来てたりして。」

治療後、「ああ〜すっきりしました。なんか、腹が空いてきました。
こんな空腹感は、しばらくぶりです。腹が空くっていうのは、
気持ちのいいもんですね〜」
「ここで、食べ過ぎないようにしてくださいね。
治療の帰りにお腹が空いて、食事時じゃないのに、ラーメン食べたとか、
うどんを食べたとか言われる患者さんがよくおられるので。
変な時刻に食べてさらに夕食を大量に食べたりすると、
また胃腸のリズムが崩れますからね。」
「はい!気を付けます。」
彼の様な気さくで“ノリのいい”先生は、さぞ、学生さん達にも、
人気があるだろうと、推察できます。

「父が、先生によろしくと。こないだ、ゼミの学生さんと卒業式の後、
飲み会したみたいで、このところお酒が美味しくないとか言ってたのに、
めっちゃ飲めたみたいで。」
数日後来院したのは、彼の愛娘さんです。
彼女も高校生の頃から肩凝りで時々、鍼灸治療を受けていて、
県外の大学に進学してからも、帰省すると、顔を見せてくれる患者さん。
「でも、先生が自律神経のバランスを整えるのは、
自然の中をウオーキングするのが一番いいって言ってたからって、
なんか最近、朝に歩いてるみたいで。
スマホで、今日は何歩歩いて何カロリー消費したとか、
いちいち言ってくるんです。でもまだ三日程なんで、
いつまで続くのかなあって、母と密かに言ってます。」
「そうなんだ〜でも、今までそんなことなかったから、いい傾向よ。
父親って娘に弱いから、いちいち言ってくるのをちゃんと聞いてあげて、
すごいね!って誉めてあげて。そうすると、モチベーションが挙がって、
継続できるから。」
「えぇ〜ッ、めんどくさ・・・でも、弱いってのは解ります。」
「こんな簡単な親孝行は他に無いよ。」
「そうですね。頑張ります!」

自律神経が乱れやすい春。
できるだけストレスを溜めないように心がけながら、
規則正しい生活とバランスのとれた食事、そして、
花粉症の方には少々ハードルが高いのですが、
森林浴を楽しみながらのウオーキング。
これが、乱れた自律神経のリセットには、有効です。
そして、お互いにモチベーションを挙げる為の家族や友人との、
コミュニケーションも、欠かせません。

彼女の親孝行が上手くいくといいですね・・・
                            (’17.3)
 治療室の小窓トップへ