第46話  気になる事が多い今日この頃 本文へジャンプ
安倍元総理の衝撃的な一件後、「統一教会」の名前を久しぶりに聞き、
ふと、ある患者さんAさんを思い出しました。
まさに、容疑者の母親が入信したと伝えられている1990年代に、
当クリニックに来られていた女性です。
来院されたばかりの頃は、軽い更年期症状からくる肩こりや頭痛などの、
治療をしながら、一人娘さんが地元の志望大学に進学したことなど、
嬉しそうに話しておられました。

両親になんでも包み隠さず話す朗らかな愛らしい娘さんで、
大学での勉強もサークル活動も楽しそうでした。
サークルは西洋史研究のグループとかで、研究活動を通して、
気の合うお友達もでき、毎日活き活きとしていたようです。
「今、聖書を読み解いてて、すごい面白いんよ」と聞いた時も、
Aさん自身もキリスト教が好きで、お嬢さんにはミッション系幼稚園に
行かせたくらいだったので、何の疑問も持たれていないようでした。
話を聞いた私も、ミッション系の幼稚園と大学を出ているので、
特に違和感もありませんでした。
しばらくして、一泊二日でサークルの合宿があるから広島に行くと、
普段からよく名前を耳にする仲良しの友人数名と一緒だと聞き、
両親共、楽しんでおいでと送り出し、娘が青春を謳歌している様子を、
嬉しそうに話しておられました。

合宿から帰ってきた娘の様子が変わっていることを、Aさんは、
すぐ感じました。
「合宿は楽しかった?」と聞いても、うん、と頷くだけで、
本来なら、事細かに色々と話してくれるはずの彼女が、何かしら、
考え込んだような、親からの質問攻めをはぐらかすような態度でした。
そして、「お兄ちゃん、成仏できてないんだって」と、突然、お仏壇を見て、
寂しそうに話しだしたというのです。
「私には弟もいるはずだったんよね?お母さん、死産した言うとったが・・・」
「うちは男の子が育たん家で、それは、先祖の因縁じゃ言われた。
家を継ぐ男の子が育たん家はものすごい因縁があって、一人残った私は、
家を出てそれを救わんといけんって」
「はぁ〜っ?それは絶対に怪しいんじゃないですか?」即座に私の口から、
出た言葉に、「そうですよね?先生もそう思われますよね?」
確かにお嬢さんの兄に当たる男の子を、2歳の時病気で亡くし、
お嬢さんの下に妊娠した赤ちゃんも、難産の末死産し、
お仏壇には、幼い二人の男の子のお位牌があると、Aさんは私に話し、
娘に、サークルって、なんかの宗教じゃないんかと問いただしたら、
「世界基督教統一神霊教会」という宗教団体だと告白したと。
両親揃って、すぐに脱退するように説得したのは言うまでもありません。

しかし、両親が仕事で留守をしている間に、お嬢さんは荷物をまとめて、
家を出てしまいました。
Aさんのご主人が、大学に問い合わせたり色々調べたりして、
と言っても、携帯もインターネットも一般的には普及してない、ましてや、
SNSなどのツールも全く無い時代ですので、相当大変だったと、
推測します。
やっとの思いで居場所を突き止めたのですが、お嬢さんの気持ちは、
頑なで、向こうも「本人が帰らないと言ってます」の一点張り。
警察にも相談してみましたが、本人の意思であって拉致された訳じゃないし、
宗教の自由は憲法にも謳われてて、親御さんでも侵せませんよと。
その話をしながら、治療中ずっと号泣されていたAさんは、その後、
ぷっつりと来院されなくなりました。
「統一教会」の霊感商法などが問題になったのはそのすぐ後の事です。
私は、ぷっつりと来院されなくなる患者さんに対して、どんな場合でも、
電話してあれこれ尋ねたり来院を誘ったりはしたくない性分なので、
どうされているんだろう・・・と気にかけながら、月日の流れのままに
記憶から遠のいていました。

安倍さんの一件で、「統一教会」という名前を「世界平和統一家庭連合」
という名前に変えて、水面下で相変わらずあくどいことをやっていた事を、
初めて知り、Aさんの記憶もまざまざとよみがえってきました。
容疑者の母親は取り調べに対し、「統一教会に申し訳ない」と言うだけで、
自分の行った行為が社会的にどんな重大な事件の契機になったかや、
自分の息子をどれほど苦しめ追い詰めたかに思いを馳せる余裕が
ないくらい、マインドコントロールされていることに驚きを禁じえません。
凶悪犯罪を侵す人間は、捉えられてもどこか飄々として平気な顔を
していることが多いのですが、この安倍さんを殺害した彼は、
救いがたいくらい悲しい眼をしています。
見ているこちらまで悲しくなってくるような・・・
お母さんに愛してほしくて、愛してほしくて、愛してほしくて、
でもまったく愛されなかった絶望的な人生です。
彼の犯した罪は勿論許されるものではありませんが、他にもっと、
この絶望的な人生を少しでも建設的な方向へ導く方法が無かったのかと
思うと、哀れで残念でなりません。

そして、Aさんがその後どうされているのか、お嬢さんがお元気なのか、
また、気になる今日この頃です。

感染者数の爆増も、ケンタウロス(BA.2.75)なる新たな変異株も、
サル痘も、気になる今日この頃です・・・

 治療室の小窓〜徒然なるままに〜トップへ