「一卵性母娘」などという言葉が一時、話題になったことがありますが、
確かに、母親と娘さんらしき二人連れが、楽しそうにショッピングしていたり、
お食事や、お茶をしてたり、なんだか話が弾んでる様子で、
きゃっきゃと街を闊歩していたり・・・こういう光景を、よく見かけますね。
中には、腕を組んだり手をつないだり、「親と子」というよりも、
これはもう、「お友達感覚」と言えますね。
ところが、母と娘でも、こうはいかない場合もあります。
彼女は、よかれと思って、娘を自分の理想にかなった女性に育てようと、
一から十まで、口を出して厳しく育てました。
幼い頃は、おばあちゃんからもらったお人形を取り上げ、
「こっちで遊びなさい。」と、知育玩具に持ちかえさせ、
小学生の時は、娘が勉強している傍らに付ききって、勉強を教え、
思春期には、友人関係をチェックして、「あの子とは付き合うな。」などと、
言っていたそうです。
娘は、おとなしい性格で、彼女の言うことにまったく逆らわず、
成績は好いし、素直だし、彼女は「私は子育てに大成功した。」と、
誇らしく思っていたと言います。
娘は、期待どおり、東京の某有名大学に進学し、さらにロンドンの某大学に、
留学しました。
大切な一人娘なので、岡山へとは言わないまでも、いずれ帰国はするものと、
思っていた彼女の思惑は、数年後、初めて裏切られてしまいました。
「娘は、日本に帰る気は無いとメールしてきました。日本は息が詰まる、
こっちの方が、生きやすいって。私が逆上して色々文句を書きたてたら、
大体、お母さんが重たい、もういいかげんに私を自由にしてって。」
彼女にとって従順だった可愛い娘の初めての反逆・・・
「お母さんが重たい。」・・・思ってもみなかったショックな言葉でした。
もともと腰の調子があまり良くなかった彼女は、その後、文字どおり、
「ぎっくり腰」状態になってしまい、やっとの思いで、来院しました。
なんとかベッドに横たわったものの、寝返りも打てません。
「ぎっくり腰」というのは、俗称で、医学的には「急性腰痛症」と言います。
重い物を持ったり、姿勢を変えたりした拍子に起こるイメージですが、
必ずしもそうとは限らず、原因もよく解っていません。
普段から、腰に疲労が溜まり気味で、しかも、運動不足なので筋力が弱い。
こういう状態にあると、腰回りの筋肉の柔軟性が失われています。
そこで、重い物を持ったり姿勢を変えたりすると、うまく対応できず、
傷めてしまうのですが、最近になって、ストレスも非常に関与していると、
言われるようになってきました。
これは、20年以上前から、私は患者さんと接しているうちに、
感じていたことでした。
彼女も、やはり、娘からのメールにショックを受けた数日後の朝、
ゆっくり起き上がろうとすると、腰が鉄のように固まって痛かったとのこと。
触診してみると、本当に、鉄のような筋緊張があります。
彼女の娘に対する「思い」が、そのまま腰に体現されているようでした。
ぎっくり腰は、一般的には冷やせと、言いますが、
ピンポイントにお灸をしながら、優しく解きほぐすように鍼治療をすると、
次第に、柔らかくなって、別人の腰のようになります。
治療後、「わぁ〜先生、だいぶ楽です。」と、眉間にしわを寄せて来院した彼女は、
少し笑みを浮かべて帰っていきました。
その後、数回、治療をして、腰の筋肉が柔軟になっていくに従って、
彼女の心も、次第に柔軟になっていったようです。
「先生、私、今まで、娘の人生を自分のものと思ってしまってたんですね。
娘を解放してやらんといけませんね。」
欧米では、ぎっくり腰のことを、「魔女の一撃」と言うそうですが、
彼女に、子離れすることを気付かせてくれた「一撃」だったのかもしれません。
(’15.4)
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